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司祭からのメッセージ




REQUIEM


                      牧師   司祭 サムエル 小林祐二

 レクイエムという言葉をご存じでしょうか。モーツアルト、ヴェルディ、フォーレ等の作品を耳にされた方も多いでしょう。もともと死者の安息を願うためのミサが、
Requiem æternam dona eis, Domine,
et lux perpetua luceat eis.
という言葉で始まることに由来しており、転じてそのミサのための楽曲がレクイエム(安息)と呼ばれるようになりました。日本聖公会では「逝去者記念の式」をそう呼ぶことがあり、カトリックのミサと構造が異なるため冒頭ではありませんが、
主よ、永遠の平安を彼に与え
絶えざるみ光をもって照らしてください。

(祈祷書p.402)

という言葉がそれに相当します。
逝去者のために祈ることは古来から大切にされてきました。最後の審判のときに対する恐れが強調された時代もありましたが、キリストが死に打ち勝ちよみがえられたことにより「信じる者の命は奪われるのではなく、変えられ」(逝去者記念特別叙唱、同p.198)たことは普遍です。死者との断絶はしばしのお別れとなり、その希望により悲しみや喪失という暗闇に光が差し込みました。レクイエムは死者のためであると同時に生者のためでもあるのです。

 9〜10月と、7名もの兄弟姉妹を神様のみ許にお送りすることとなりました。短期間でこれだけの方々をお送りしたのは初めての経験でしたが、与えられた使命と命を信じ、全てを振り払って走り、祈りました。み守りに感謝するばかりか、お一人おひとりの信仰の歩みにふれ、またご葬儀を通じて天に思いをはせることにより、大きな励ましをいただけたように感じています。
 今月は諸聖徒日・諸魂日にはじまり教会暦の年末を迎えます。地上に伏せがちなわたしたちの心は、天の王・キリストにより天上に引き揚げられます。少し先取りして備えがなされたことに、神様の不思議を感じています。また、全ての聖餐式において「み使いとみ使いの頭および天の全会衆とともに」”聖なるかな”と主をたたえ、また聖餐にあずかるとき「世にある者も世を去った者も」ひとつとされるリアリティーも増し加えられました。
 ご葬儀で繰り返し語ってきたことがあります。真の命はこの世で終わるものではなく、キリストを信じる者の魂は、死を超えて在り続けるということ、また生涯信仰の道を歩み続けられた兄弟姉妹がご家族に心から伝えたかったものは…という問いかけです。死と生はひとつの命の表裏です。目に見えなくなったことにより混乱するわたしたちですが、その魂が神様のみ許にうつされたことを信じるなら、いつかきっと力を得ます。それを証した多くの信仰者が土台となり、わたしたちの信仰があるのです。今その最前線にあるわたしたちも、永遠の命への希望のうちに、信仰を繋いで参りましょう。

パトモス伸さん
ヒルダ千鶴子さん
マルコ榮孝さん
マーガレット好子さん
モニカ理恵さん
フローレンス朝子さん
リベカ道子さん

Chorus Angelorum te suscipiat,
et cum Lazaro quondam paupere,
æternam habeas requiem.
天使たちの合唱があなたを出迎え、
かつては貧しかったラザロとともに、
永遠の平安を得られますように。
(REQUIEM "In Paradisum"より)