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横浜聖アンデレ教会の歴史



横浜花咲町時代の横浜聖アンデレ教会

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聖公会とは・・・・


新約聖書、旧約聖書(続編)と初代教会が定めた信仰箇条(使徒信教、ニケヤ信教)を大切にし、キリストによって定められた、洗礼と聖餐を忠実に守り、主教、司祭、執事の三つの聖職位と教会の信仰を貫く柱として継承している教派です。聖公会は、12使徒時代からの古い伝統を継承しつつ時代とともにそれを改革してきました。 現在、北米・アジア・アフリカなど全世界で31の聖公会(信徒数約7,000万人)が一致の交わりを保っています。
 日本聖公会は、アメリカ聖公会の働きを通して日本に伝わり、1887年(明治20年)に組織されました。日本全国に11教区、281教会、37伝道所があります。また、教育機関として、立教学院小・中・高大学、立教英国学院、立教女学院、香蘭女学校、聖路加国際大学、聖ステパノ学園、名古屋の柳城学院、関西の平安女学院、プール学院、桃山学院、松陰女学院、八代学院などがあり、また、聖路加国際病院、大磯にあるエリザベス・サンダース・ホームを初めとして、医療社会事業、社会福祉事業、社会教育事業なども大変盛んに行っています。
 「聖公会はカトリックですかプロテスタントですか」とよく質問されます。西ヨーロッパの教会が全てそうであったように、英国の教会も約1,000年に亘りローマ・カトリック教会の一部でした。しかし16世紀に英国独特の宗教改革を行い、ローマ教皇の支配から独立して英国国教会となったのが聖公会の始まりです。ヨーロッパ大陸の宗教改革で生まれた、いわゆるプロテスタントの諸教会と異なり、英国教会はカトリックとプロテスタントのどちらにも偏らず、中道を歩む教会というのが聖公会の自己理解です。歴史的にも聖公会はローマ教会とプロテスタント諸教会の橋渡しの役目を担い、教会再一致を目指しています。

横浜聖アンデレ教会の歴史

1863年(文久3年)  横浜居留地105番にて、M.B.ベイリー司祭よって宣教開始
1885年(明治18年) 居留地154番(現・山下町)に借家「横浜聖安得烈教会」を組織
1889年(明治22年) 居留地129番「ヨコハマ・ベーカリー」2階に移転
1892年(明治25年) 寿町3丁目に礼拝堂建設
1895年(明治28年) 中区寿町に移り仮礼拝堂建設
1902年(明治35年) W.ウエストン司祭が着任
           同司祭は日本アルプスの父として余りにも有名です
           司祭は寿町から日の出町に移転を望み、実施しました

1905年(明治38年) 中区日の出町に新礼拝堂、会館を建設し移転

           W.ウエストン司祭は献堂式後の3月26日に横浜港から帰国
1916年(大正5年)  鉄道団地に指定され、建物解体。中区花咲町に移転
          この年から日本人の聖職が赴任
1923年(大正12年)  関東大震災で礼拝堂焼失
1927年(昭和2年)  新聖堂、牧師館竣工
1945年(昭和20年)  横浜大空襲により焼失
1956年(昭和31年)  現在地に礼拝堂、会館を建設。翌年聖別される。
1986年(昭和61年) 教会創立100年記念礼拝が行われる
           パイプオルガンの祝別と記念演奏会が催される
1993年(平成 5年)  横浜市内第三の教会として「横浜聖クリストファー教会」設立
2001年(平成13年) 大聖堂に空調設備が設置される
2005年(平成17年) 教会創立120年記念礼拝が行われる
2014年(平成26年) 会館に空調設備が設置される。新たな聖卓を設置。
           聖堂建物の耐震診断を行い、安全を確認。
2015年(平成27年) 教会創立130周年記念礼拝が行われる。
           これを記念して聖堂の屋根と内装の大幅な改修を行った。

横浜聖アンデレ教会の信徒の現況(2017年12月31日現在)
    在籍信徒数     812名
    現在信徒数     600名
    現在堅信受領者数  220名



1973年頃のアンデレ教会の仲間達